ばしょうの日常

引きこもりクソニート大学生の日常・考えたことなどを書いてます。

こっそり中学の同級生のインスタを眺めてみたら強い劣等感を感じた件

僕は閲覧専用のInstagramアカウントを持っている。しかし自分がフォローしているのはたった6人(自分の好きな歌手である家入レオとかHIKAKINとか)で、基本的にはほとんど見ない。週一で見るかなレベル。たまに自分の友達や同級生がどういう投稿をしているのか探っているくらいの使い方。

それで、今回も同級生のインスタを見てみようとアクセスした。キモいと思う人もいるだろうが、それはオープンにしている奴が悪いのだ。嫌なら隠せばいいのに、「見てください」というものなら、僕は遠慮なく見せてもらう。大体鍵付きだけど、プロフィール欄に大学名とかが書いてあることも多い。

高校の人のは「いつもと変わらねーな」という感じだったが、今回僕が衝撃を受けたのは中学の同級生のインスタを見た時である。

そもそも自分は中学時代にあまりいい思い出がない。運動音痴なのに何故かバレー部に入ってしまい、嫌いな人も多くて、時々自分のことをいじめてくるような奴もいた。それでもその人たちのその後が気になって、今でも時々こうして探りを入れている。

中学の同級生のインスタを色々見ていたら、進学した大学がプロフィールに書いてある人がそこそこいた。「この人、さすがハイレベルの大学に入ったんだな」という人や「この人中学の頃は成績良かったのに大学のレベル下がってる」という人など、色々いた。べつに今の自分のいる大学に「こんな大学嫌だ!」とは微塵とも感じていないので大学コンプレックスはないのだけど、それでも自分よりも上の偏差値帯の大学にいる人を見るとつい劣等感を感じてしまう。

そんな学歴云々よりも、インスタを見ていて驚いたのは、同級生がみんな昔とは変わっていることだった。「こいつ絶対彼氏できないだろ」という女子が彼氏を作っていたり、控えめだった人間がインスタになって陽キャのような生活をしていたり。自分は中学の友達との関わりは2人を除いてほとんどシャットアウトしているのに、他の人は今でも中学の友達との関わりを大事にしていて、一緒に写っている写真を投稿している人もいた。

別に人それぞれの人生だから。そう思いたいのだけど、自分ができないことをしている人を見ると、いつも劣等感を感じる。自分が完璧主義者だからそう感じてしまうのかもしれない。コロナ禍でも他の人は友達と会えているのに、自分は会えていない。行動しないことが悪いのだけれども。「もし自分が声をかけても、相手も都合があって無理だと思うからしてない」という言い訳をするけど。馬鹿みたいに友達がいっぱいいる、僕とは正反対のような人間だっているし、このコロナ禍でも平気で人と会う人もいる。羨ましいと思う自分と「自粛しろ」と思う自分、劣等感に包まれる自分、3つの自分が動き出す。

今まで自分をいじめてきたような人間が自分の上にいるのはなんか腹が立つ。自分より楽しんでいる人間がいるのも劣等感を感じる。きっと他の人にはわかってもらえない感情だろうし、自分がおかしいのだろうけど。支配欲が強すぎるのだ。ジャイアンみたい。でもやはり自分の劣等感は恐ろしい。いつか自分を今まで下に見てきたような人間を見返してやりたい。自分の能力は明らかに他人よりも低いはずなのに、心の底から復讐心が沸き起こる。

覚えてろよ。

 

※2021/1/19 一部改変

※2021/3/15 一部改変