ばしょうの日常

引きこもりクソニート大学生の日常・考えたことなどを書いてます。

せっかくの冬休みを無駄にしているクズ大学生【日常】

せっかくの冬休みだが、ダラダラとしているうちに二週間半ほど経ってしまった。特に、ここ一週間は本当に堕落した生活を続けてきていると思う。

先日投稿した「春休みにやりたいこと」では、13個くらいやりたいことを書いたのだが、このペースでは全て終わらせることは不可能なのではないかと思っているが、動く気はない。さすがニートの才能がある自分である。

現在達成した目標は「クロスバイクを買う」「ブックオフにいらないものを売る」の2点だけで、他には何も達成していない。

ブログも、各ネタをこの冬休みで消化しようと思っていたのにも関わらず、全くもって進んでいない。

僕はダメな人間だ。

こうしてしょうもない自己肯定感が下がっていくのである。

さて、最近のことについて書いていこう。

 

うらやましい…のか?

先日、立川のLoftに行ったら、2、3人くらいで一緒にいる高校生を3組くらい見かけた。

僕はコロナ禍のなか大学生になったわけだが、ずっと「高校生に戻りたい病」をわずらっている。

今回も「あ〜戻りたいなあ」と思ったのだが、「なぜそう思うのだろうか?」と、ふと気になった。

学校に行けないからなのか?
大学生に入って、いいことが一つもないからなのか?

いろいろ考えたけど、辿り着いた答えは「友達と一緒にいること」だと気づいた。

小中高生は、学校も普通にあるので気の合う友達と思う存分会うことができるが、大学生はずっとオンライン授業のままである。大学で友達は一年たって0人できたし(できてない)、高校や小中学で出会った人には会えていない。

もちろんバイト先でなんて誰とも親しくなどなっていない。他の人たちが仲良く喋っているのを、ただ自分は静観する日々である。

自分がどこかのグループに入っていても、コミュ障だから喋ることもできないし、お荷物になるだけなのだろうけど、それでも自分は人を欲している。

マスクはしているけれど若干密になって話している高校生たちを見ると、自分が高校生だった時のことを客観的に見ているみたい。

仲のいい人とそばに居られる、それだけで幸せだよ。

ちょっとの嫉妬心。

 

ブログが書けない

先ほども書いたが、最近ブログが書けていない。

熱が冷めたと言われれば最近はそうだが、伝えたいことはたくさんある。

ネタは十分に存在しているのだが、どれも初めの50文字くらいを書いたあたりで「や〜めよ」となってしまう。集中力がなさすぎる。

ブログを書くのにはパソコンを使っているが、打ち間違いが多発するようになるとイライラするし、やめたくなる。

自分のことを開示するにしても、今まで人に言えなかった秘密を話すのはやはりドキドキするもので、躊躇ってしまうこともある。

短文でもいいのだろうけど、そうすると「Twitterでいいじゃん」と思ってしまうこともある。

 

言い訳だ。僕が全て悪いんだ。

 

音楽を聴くときのボリュームが上がった気がする

歳を越したあたりから、イヤホンで音楽を聴くときの音量が前よりも上がった気がする。

気がするというか、自分で挙げているのだが。

音楽を聴くことで自分の精神を安定させている面もある。

最近はYOASOBIとユーミンにハマっている。

YOASOBIは、スッと音楽が入ってくるから気持ちがいい。ayaseさんは転調をすごい使ってくるけど、それも「転調キター!」という感じて、実にさわやかである。

ユーミンは、聞いていてとにかく心が落ち着く。「時をかける少女」がお気に入り。

 

脱線してしまった。

音楽を大音量で流さなければ、もうやっていられなくなってきた。

自分の嫌な現実から目を背け、音楽に自分の全てを任せる。これが実に気持ちがいい。辛いことも忘れさせてくれるような感じがする。

耳が悪くなるが、もうどうでもいいや。

 

悲観思想

もう、この自分が嫌だ。

このコロナ禍の中でも、輝いている人がいる、魅力を発揮している人がいる。ある目標に向かって突き進んでいる、素敵な人もいる。

「じゃあ自分はどうか」と問う。

何もしていない。

この時間を、無駄に過ごしてきている。

ダメだダメだダメだ。

 

この頃思う、「僕にはなんの魅力があるのか?」と。

飛び抜けて頭がいいわけでもない。

人に超絶優しくもない。

音楽もできないし、歌も下手だし、芸術もできない。

周りにいる人をハッピーな気持ちにだってできない。

自分の思っていることを、他の人に面と向かって説明できない。

自分が好きなゲームだって、自分より上手い人はごまんとしるし、鉄オタとしても未熟な存在。

バイトでは常に失敗を繰り返し、他人に迷惑をかける。

めんどくさいことは、全て後回し。

 

こんなのに誰がついてくるんだ。

 

今日は異常なくらい「どうせ」という言葉が頭をよぎった。

どうせ、自分を認めてくれる存在などないのだ。

どうせ、自分は何もできない「使えない存在」なのだ。

 

また、自己肯定感が下がっていくが、こうなったらもっと下がって欲しい。そして、誰か自分を木っ端微塵に爆発してくれ。

いつの間にか「自己肯定感のないこと」が当たり前になってしまっていて、それを「キモチェーー」と思っている愚かな自分がいるのではないか。

自分の存在価値とはなんなのだろうか。

今日も答えのない問いに、クヨクヨと悩み続ける。