ばしょうの日常

大学生の日常・考えたことなどを書いてます。

小田急線で起きた事件に関して考えたこと、鉄オタと一人の大学生の観点から

先日8月6日の夜、小田急線を走る列車の車内で男が複数人を切りつけ怪我をさせたという事件があった。犯人は犯行直後、線路を歩いて逃走し、最終的には自首した。

事件の際の車内の映像もニュースで流れていた。車内に乗っていた人らが、男から離れようと他の車両へと必死に移ろうとしている姿や、懸命に手当をしようとする方の姿を見ることができ、非常に混乱した状況であることは容易に理解できた。

本事件自体は犯人も捕まりひとまず落ち着いたが、それでも走行中の列車という、逃げ道のない密閉空間の中で発生する犯罪の危険性を改めて感じさせられた。

 

この事件に関して、大学生であり鉄道ファンである僕が考えたことを述べていこうと思う。

なお、この事件に関してしっかりと調べたわけではないので、間違っている内容があるかも知れないことをご了承いただきたい。 

1.鉄道ファン目線から

まず初めに言っておく。所々ふざけたように聞こえるかも知れないがお許しいただきたい。

まずは許せない

これは鉄オタでなくても思ったことだろうが、非常に許せない。

まず、よりによって電車という密閉空間を選択して犯罪を行おうとしたことが悪い。人々を恐怖に巻き込んだ犯人の罪は重い。

そして、この事件をきっかけにして電車に乗るのに抵抗を覚える人も少なからず出てくるだろう。次に同様の事件が起きる可能性だって十分あり得るのだから。鉄オタとしては、こういった犯罪がきっかけで鉄道に興味を持つ方が減ったり、列車に乗りたくないと思う方が増えたりすることは悲しい。

「こういった犯罪の対策をすることはできないのか」との声も上がった。しかしこれは日本の鉄道では完全には不可能だろう。まず、日本はなんといっても鉄道大国だ。ターミナル駅には毎日多くの人が流れ込み、朝夕のラッシュ時間には10両編成の列車が3分間隔で出ていても常に満員電車がやってくる。多くの方が駅を日常的に利用する中で、いちいち飛行機に乗る前のような荷物検査をすることは難しいだろう。防犯カメラの設置などにより犯罪を抑止する取り組みは進められているが、完全な対策は不可能だろう。

 

小田急の対応が良かった

小田急はこの事故で運転を見合わせたり、車内の人々を助けたりといった対応をすることになったが、個人的にはスムーズだったと感じた。

幸い死者も無く、急に起きたことにもしっかりと対応されていて、さすが小田急という印象を持った。

 

よりによって新型車両で事件を起こしやがった

※鉄オタとして、一般の人には理解し難いことを書きます

ニュースの映像で、事件が起きた車両が映し出されていた。それを見た僕は、その車両が小田急の新型車両「5000形」であることをすぐに認識した。

よりによって新型車両でやってくれたな、というのが鉄オタとしての考え。事件に巻き込まれた方に対してあまりこういうことは言えないが。

小田急が会社をかけて新造した車両にバツを付けられているよう。ますます犯人が憎い。

 

総括として、鉄オタ目線では犯人が憎く、犯罪に巻き込まれた方が可哀想で仕方ないという考えを持った。

 

2.大学生目線から

ここからは僕の個人的な感想(鉄オタ要素を除いて)を述べていきたい。

これは僕にとってはいつものことなのだが、犯罪が起きると被害にあった方を心配する一方で、

「どうして犯人は犯罪を起こそうと思ったのだろう」
「犯人はどういう経歴を持っていたのだろう」

と考えたくなる。

 

犯罪が起きる原因を、「個人が悪いから」「自己責任」と片付けるだけでいいのか。

彼(犯罪者)がどのような環境や社会で生活し、そこで何が犯人の人生を狂わせたのか、何が犯人を犯人たらしめているのか。

事件の背景を知ることができれば、同じ事件を減らせるかも知れない。もし社会が彼という人間を作り上げたのなら、社会を変えることで、同じ運命を辿らざるを得ない人を減らせるかも知れない。

僕は別に犯罪の原因を全て社会に押し返そうとしているのではない。彼個人の性格特性によって起こされたものでもある。決して犯人を擁護するつもりなどない。だけれども、個人は社会の中で生きているのだ。もし社会が変われば、個人だって変われるかも知れない。

個人が社会を作り上げるのと同時に、社会も個人を作り上げている。

 

僕が社会学部の学生ということもあり、社会については色々学んでいるつもりである。

「相互理解」ということについて学ぶ授業で、先生が「私は自殺に反対している」と言った。その理由は、犯罪者が犯罪を起こした背景を知ることで、社会で理解可能な秩序を保つためだ、とのこと。

私はこれを聞いて感心させられた。確かに死刑には、極悪な犯罪者を処罰し、またみせしめという意味がある。ただ、それで片付けていては、犯罪者の背景はよくわからないままであり、社会に不安な状態が続いてしまう。しかし犯罪者に言葉を語らせることで、何が犯罪者を動かしたのか、理解することができる。それが分かれば、人々は相互に理解可能な秩序を生み出せる。社会を知ることができるのである。

 

 

 

 今現在、どうやら犯人の取り調べが行われいるようだ。彼の起こした事件は許されない。しかし、彼を知ることで、社会が見えてくるかもしれない。今後このような事件が起きないようにすることができるかもしれない。

今はただ、被害にあった方の身体的・精神的な回復と、今後このような事件が起きないことを祈るばかりだ。