ばしょうの日常

社会人一年生のひとりごと

青春18きっぷで陸前高田へ【Basho-diary(ばしょうの日常)2024】(8/31)

8/31(土)

日記を書きながら、8月最終日かとふと思う。

仙台に来てから、3ヶ月。

仕事は覚えてきたし、(ミスは相変わらず多いが)要領も少しずつ見えてくるようになった。

休日も、なんだかんだほぼ毎回どこかに出かけている。電車に乗っているだけのことが多いので、何かを成した感じはあまりないが、乗破した路線を数えるとそれなりになる。

今日は帰りの電車で「移動する人はうまくいく」っていう本を読んでいたが、今後も未知の場所へ出かけ、未知の人に出会い、初体験を増やすということを大切にしたい。

 


遅くなったが、日記である。

 


4時前に起きた。土曜日には初電に乗って出かけるという暮らしが身についてしまったのか、もう何とも思わなくなってしまった。

 


今日も前回同様に、宮城県岩手県の乗りにくい路線を潰す目的での旅。ただ、ついでに陸前高田に行って震災について学びたいというのもあった。


まずは北上し、小牛田。そこから石巻線気仙沼線へとはいる。

この二つの路線、やはり人がいない。これはバス転換ではないかとまた思ってしまった。

 

柳津(やないづ)からはBRTで気仙沼線並びに大船渡線の完乗をした。

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BRTとは、元々鉄道が走っていた路線をバスに転換したものである

廃線跡を走行するときは、運行を妨げるものがないからスムーズに走り、かと思ったら途中で公道に出て道の駅やら病院やらを通ったり。

鉄道でカバーしきれない、街の施設にダイレクトにアクセスできるのは大きい。BRTは高速バスと異なり路線バスのような位置付けだろうから、そうやって地域の足になるのは良い取り組みだと感じた。

もちろんデメリットはあって、ただのバスだから速度が60キロまでしか出せない(高速バスのようなものにすると、今度は混雑時に立てないからできないのだろう)し、やはり大量輸送機関とは言えない部分がある。あくまでも、鉄道だと絶対赤字!みたいなところにはバンバン導入していくというのがいいのかなと思った。

人口減少に伴う今後の地方交通の在り方をみれてよかった。

 

なお、実は上鹿内は行っていない。JR東日本ではなくミヤコーバスが運行しているし、そもそもバスなので完乗に含めるかも怪しいので、今回はこれで完乗ということにする。

 

完乗を一通り済ませたあと、陸前高田に降りて観光スタート。

まず、昼飯で牡蠣フライ定食を食べた。前回が道の駅だったので、今回は個人経営店を狙った(そう言えば、飲食チェーンをほぼ見かけていない)。

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その牡蠣フライだが、すごくうまい。まず牡蠣が大きくて弾力があり、噛むたびに旨みが溢れてくる。タルタルにつけて食べたら、これまた濃厚でたまらない。

香の物もイカの煮つけで、ご飯も牡蠣の炊き込みご飯。味噌汁もおそらく牡蠣で出汁をとっている。

地元の味を堪能できて、大満足。

それにしても、東北はメシがとにかく美味い。仙台は牛タンが名物であるが、こちらはおそらく外国産の肉。ただ、今回や前回の京都で食べた海鮮飯は現地のものだろう。なんだか牛タンが小さく見えてきた……。

 


そのあと、東日本大地震の展示館や奇跡の一本松を見てきた。

展示館だが、中はすごく綺麗で、展示の内容も勉強になるくらい丁寧だった。津波の色が黒なのは、海中深くの泥を一緒に持ってくるからとか、リアス式海岸は窪みの部分に波が集中するから被害が大きくなりやすいとか、全然知らなかった。リアス式海岸をただ美しいもの、肥沃な海にさせるものとしか知らなかったので、勉強になった。

震災前と後の画像の対比を見て、悲しくなった。前は商店街が並んでいた土地が、津波で何もかもなくなってしまった姿、松の並木が一本残して全てなくなった姿。

それ以外にも、津波で汚くなった鍵盤ハーモニカがあった。僕も震災の時は小学3年生。鍵盤ハーモニカだって使っていた。被災していたら、僕のも…と思うと、津波が蹴散らしたものの大きさを知る。

もはや泣きそうになりながら見てた。

 


震災の救助活動で多くの方の尽力があったことも記されていた。

なんで震災になればこんなに優しくなれるのに、誹謗中傷が起きて、戦争が起きて。なんで、なんで。なんで消えなくていい命が消えてしまうのだろう。

 

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展示を見た後は、外に出て奇跡の一本松を見に行った。海岸沿いを歩いて行ったのだが、そこから見える海が牙を剥いたと思うと恐ろしい。

一本松自体は…まあ、そんなものかという感じではある。それよりも、これ以外全部流されたほうが怖い。

実は一本松以外にも色々被災した建物やら構造物やらがそのままになっていたが、建物は中ボロボロだし、構造物はペシャンコだし。津波の高さも15mくらいとのことで、生身では何もできなかっただろう。

最後に海に向かって黙祷してから帰ってきた。それくらいのことはさせてくれ。

 


16時半ごろのバスで陸前高田を離れて、またバスへ。

その後は、大船渡線(鉄道)を乗り潰して、一ノ関からは東北線で南下して帰ってきた(いつか新幹線に遠慮なく乗れるようになりたい)。

 


今回も乗り鉄要素は多かったが、学びも多かった。

BRTを用いた新しいまちづくり、陸前高田のうますぎる牡蠣、震災の影響。

1回目のフラワー長井線のときと同じかそれ以上の楽しさだった。

両方の旅を振り返ると、いづれも地元の博物館・展示館に行っている。地元の歴史を学び、今を見つめ、将来のビジョンを思う。そんな体験が、僕を豊かにさせているのかもしれない。

今後の旅は、そんな要素も含められたらと思う。

 


さあ、今日の帰りも遅いな。

酒を飲みたいな!今しか飲めないからな!

帰ったら飲むか!!(明日悲惨なことになりそうだけど)

休日くらい、何も気にせず生きたい!