ユーミンこと松任谷由実が1978年11月5日に発売したアルバム、「流線形'80」。
姓が松任谷となってから二作目のアルバム。
前作のおとなしかった感じとは変わり、ポップ寄りに舵を切っている。当時の恋愛スタイル、レジャーをテーマにしている曲もあり、それは、この先やってくるブームをまるで予見するかのよう。
ただ、僕には、このアルバムには明るさの反対にある寂しさのようなものも感じる。盛り上がっていても、いずれすぐに消え去っていく姿は浜辺の波を思わせる。
今回はそんな、「流線形'80」をご紹介しようと思う。
1. ロッヂで待つクリスマス
一番初めは、穏やかな曲から。
ユーミンのクリスマスソングといえば、「恋人がサンタクロース」だけど、こっちの方が出たのは先。あっちはテンポも速くてノリノリになる曲だけど、こっちは穏やかでちょっとしみじみとするような感じ。
何か大切なものをじっと待っている、そんな雰囲気。
でも、口に出した言葉や思ったことが、ふわっと消えてしまいそうな、そんな背景が僕には見える。このアルバムには、そんな曲がいっぱいあるんだよね。
2. 埠頭を渡る風
僕が好きな曲。
深夜の道を走り抜けていくようなアップテンポのメロディ。
そこで生まれる男女のドラマ。どこまでも続いていきそうな感じ。過ぎて暗くなっていく後ろは見ずに。
ユーミンはある瞬間を切り取って言葉にするのが上手いなあと、つくづく思う。
3. 真冬のサーファー
いきなり山下達郎のコーラス。これがこの曲を締めている。
「いちばんへたなだれかさん 私は願をかける」っていう歌詞がもう強烈。下手くそな男をそっと応援する女性の構図。ちょっとした日常に生まれる熱いドラマのよう。真冬との対比がまたいい。
4. 静かなまぼろし
昔の彼氏を店でたまたま見つけた(想像した?)彼女のお話。
懐かしいあの頃に戻れるかしらという淡い期待と、でも今はそんなことはできないんだという切なさ。
はかないんだよね。とっても。そんな気持ちこう、闇にスッと消えていくような感じが僕はする。
5. 魔法のくすり
明るい曲。
恋愛の教科書みたいな歌詞。
ここまでこう複雑な感じの曲が多かったけれど、これは片方に振っているから聞きやすいかも。
6. キャサリン
おそらく、キャサリンという女性が、変わってしまった街や昔の彼氏を見て、思いを募らせる曲。
ユーミンの曲に多い、永遠を求める姿がこの曲でも伺える。
曲調がぐんぐん語りかけてくるように思えて、もしかしたら今にも爆発してしまいそう、そんな気が僕はする。
7. Colvett 1954
来生たかおさんという方とのデュエット作品。
Colvettというのは車のこと。
車に乗ってどこかに行こうとしているのかな。ロマンチックな曲なんだけど、メロディはあまり強くない(ガツガツしていない)から、この曲もまたスッと夜の闇に音が消えていくような感じがする。
8. 午後4時の入江
タイトル通り。秋が近づいてきて、もう日が暮れそうな時間をうつした一曲。
夏に起きた出来事を振り返りつつ、ちょっと(かなり)妄想を膨らませる曲。
9. かんらん車
マイナーだけど人気な曲。
まずイントロから誘われる。しっとりとしたスタートなんだけど、もうこの部分で雪の降る静かな夜をイメージできてしまう。
曲の内容としては、失恋した彼女が夜に一人で観覧車に乗って街を眺めるというもの。外界(そこでは別れた彼氏が別の女性と物語を紡いでいる)と私(失恋中)を対比しながら、その距離がどんどん離れていく様子を描く。
そして最終的には、どこか怪しい終わり方。「地上に戻る頃 世界が止まる」とは何を表すのか。それは聞き手次第。
この「どうなってしまったんだろう?」「一線を超えてもう戻ってこれないところまで行ったのでは」という不思議な感覚がたまらない。
10. 12階のこいびと
僕が大好きな曲。
12階に住む女性が、付き合っている男性を思う曲。
寝静まった深夜、女性は男性との関係性が薄れていっちゃうんじゃないかと思っている状況。
「眠い街はぼんやり光る海の底なの」や「ゆるくしめた蛇口の水の滴のように いつも不安だけが 重たくなってはこぼれる」というような状況を的確に示すような歌詞の秀逸さ。
少しずつ寂しさが募っていく。
僕は最後の
「もしあなたが 目の前から消えてしまったら
ここは12階 窓を開けて 鋪道めがけ
紙のように舞うわ」
という歌詞が大好き。
愛する人のために、もうどこまでもいってしまいそうというような、若干狂気じみたような感情。だけど、自分もそういう人ができたら、もしくは、もうやりきれないことがあったなら、きっとそうなってしまうんじゃないかなって思っている。そんな僕の気持ちを吸収してくれるのがこの曲で、辛い時にはよく聞いている曲。
終わりに
このアルバムの特徴は、いろいろなストーリーがスピード感を持って流れていくことだと思う。埠頭を渡る風、真冬のサーファーなど、いろんな思い出が人生を彩らせていく。
けれど、自分の周囲は前も後ろも闇の中。何か素敵な言葉も、闇がそれを吸収してしまう。それは終盤のかんらん車や12階のこいびとのように、もう過ぎ去ってしまったものを振り返り、最後には一人どこかへと消えていく、何も見えなくなるような雰囲気が示している。
そんな雰囲気を味わうためには、夜に一人で聴くのが一番だと、僕は思っている。このアルバムは是非とも夜に聴いてほしい。
もし僕と同じ感覚を理解してくれる方がいるならば、それはとてもうれしいことである。
それでは、あなたもユーミンの旅に、いってらっしゃい。