ばしょうの日常

社会人一年生のひとりごと

ドM

今日、大学の帰りに本屋さんによった。別に目的はなくて、なんとなく面白い本がないか探しに行ったような感じ。

入り口の前の本棚には、もう来年のことについて書かれている本が何冊も置いてあった。今年は時間の流れが早かったなあ。そしてもう2022が迫っていることが信じられない。

そんな本の中に、ゲッターズ飯田が書いた2022年の運勢占いについての本を見つけた。本は個人の生年月日ごとにいくつかに分かれていた。僕もその本が気になって、自分の運勢が書かれている本を探した。

あまり詳しいことまでは読んでないけど、来年の僕の運気はかなりいいらしい。ここ数年で一番運気が高くて、色々なことが成功に結びつくみたいなことが書いてあった。

 

でも僕はその占いが信じられなかった。

今のこのどん底状態から、運勢が急に良くなることなど考えられなかったからである。もうずっと今の状態が死ぬまで続くんだろうと思っていた。

 

そんな僕は、必死になって悪い運勢の項目がないか探していた。

…どこにもなかった。

そりゃそうだ。出版社もいいことだけ書いて本をどんどん売りたいだろうし、あえて悪いことなど書かないだろう。

そうわかっていても、探した。

自分の運勢が良くないことを確かめたい、そういう気持ちが強かったと思う。自分の思っていることが正しいことか、正解を探すのと同じような感覚だった。

前に「自分をけなすことでしか自分を認められない」っていうタイトルのブログを書いた。その時の感情もこれに近かったかもしれない。

自分が悪くてヤバくてクズなことを誰かに認められたいという、なんとも無茶苦茶な欲求。でも僕は、その罵倒を求めている。

 

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